しばらくなにかを記すことから離れていた。
特別な理由はなく、いや忙しいという言葉と自分の流れに身を任せていたようにも感じる。
また書く。
もちろん書ける時だけ。
それも流れなのかな、と。しばらくはモノローグのように、あとは必要に応じて。
あっという間に1週間が過ぎる。
日々を重ねていくごとにそのスピードはより加速し、齢ごとに。
先週末は代々木公園でお手伝い。
LOVE FOR NOTO
能登地震からも1年半が過ぎる。
降り注ぐ日差しは6月にしてはとても強く、設営から手伝っていたけれどいつぶりかの汗を沢山かいた。(どこへ行っても「日向が似合いませんね」と言われる)
物販の手伝いを毎回担当。
あとは毎夜キャンドルの設置など。
なかなか自分自身の仕事の忙しさ(これがいつも言い訳)で能登へ入ることが出来ていない今はこういった流れの中で自分自身が携わることが出来るコトに触れる。
そして、そこに触れてくれる人たちが居てくれることを嬉しく思う。
Tシャツを売ったり
キャンドルの販売など
「手伝って」とは言ってないけど、気がつけば当たり前のように ★ も手伝いに来てくれたり
家族連れでわざわざ足を運んでくれた FAMILY(会員様)であったり。
写真はないけど、会員ではないけどメールマガジンを読んで来てくれた人も居た。(それはとても嬉しかった)
能登から来てくれた人たち
遊びに来てくれたワンコたち(綿菓子みたいにフワフワだった)
夜には仕事終わりでしれっとイタウ部長も登場(これもなにも言ってない)+うちのカミさんも
主催の Candle JUNE(なにげに子どもをあやすのが上手な人)
ステージでは様々なアーティスト、ミュージシャンがその時間を彩ってくれた。
僕はあまり知らないのだけれど(2000年以降の音楽シーンはあまりわからない) MAN OF THE MISSION のメンバーも歌いに来てくれてすごく盛り上がった。ファンの方たちも支援のためのグッズを沢山買ってくれてそれもなんだか嬉しかった。
先週末までの2ヶ月ほどはほぼ(ほぼとは88%くらいな意味合い)まともに眠ることが出来ない日々が続いていた。自分でも少し戸惑っていた。
毎夜0時付近に布団に入り、2時には目が覚めてもう眠ることが出来ないという毎日が続き、体はもちろんのこと精神的にも逃げ場を無くしていた。
相手の居ないキャッチボールのように手元に在る球をどうして良いか分からなかった。
まぁ、結論勝手に(もちろんお医者に行っていないから)更年期障害だと決めつけたら少し気が楽になったことと、ちょうどこの代々木での2日間の疲労からか、今週に入って不思議と寝れるようになった。(とは言え今度は体本体の疲労が強くて毎日の就寝で湿布が欠かせない)
2日目の最後の片付けが終わったのは22:00に近いくらいだった。(会場終了は19:30)
最後まで居た連中と「おつかれさま」を言い合って、そのまま Candle JUNE は能登へ向かってトラックへ乗っていった。(あぁ、体力モンスターだなぁと改めて)
翌々日に控えている月命日のため。
次回は場所を能登へ移して11月くらいに現地でのこのイベントを予定している。
またそこに参加出来るように自分自身の仕事をこなしていこうと思ったり。(同時に無理をしすぎないようにと最近は心がけるようにしている)
手を貸す人間として、手を差し伸ばせるように
自分自身がパツンパツンであれば、それは意味を持たないように思うから。
そのための日々を。
そのための毎日を。
まだ終わってないし、始まってもいないかもしれない。
NOT THE END
イベントで僕も1枚買ったTシャツの背中に刷られてたグラフィック文字
Camera / RICHO GR Digital 3